
シニアサポーターという役割設計 ―「降格」を「移行」に変える
前回、渡り鳥と犬ぞりのフォーメーションから4つの設計原理を取り出しました。
その中で最も重要だと感じているのが、「後方ポジションの意味づけ」です。後ろにいることが「怠け」ではなく「準備」として機能するために、何が必要なのか。
今回はここを具体的に考えてみます。
正直、まだ仮説です。でも、この仮説を出さないと次に進めない気がしています。
なぜ組織では「交代」が起きないのか
渡り鳥は疲れたら自然に後ろへ下がります。でも人間の組織では、それがほとんど起きない。
なぜか。
理由はいくつかあると思いますが、私が最も大きいと感じているのは、「後ろに下がった先に、何もない」ということです。
マネージャーという役割を外れたとき、その人に何が残るか。多くの組織では、「降格」という意味しか与えられない。肩書きが外れ、権限が減り、周囲の目が変わる。それまで積み上げてきたものが、リセットされたように感じる。
これでは誰も後ろに下がりたくないのは当然です。
渡り鳥との違いは明確で、鳥が後ろに下がるとき、そこには「次に前に出るためのエネルギーを蓄える」という明確な意味がある。でも組織には、その意味が設計されていない。
「役割の空白」が人を不安にさせる。 これが交代を阻む最大の構造的要因だと、私は考えています。
スポーツに、ヒントがある
この問題を考えていたとき、ひとつ気になったことがありました。
「前にいる役割」と「支える役割」の両方に、名前と敬意がある世界。そんな文化がすでに存在している場所はないだろうか。
あります。スポーツの中に。
ロードサイクリングには、「アシスト選手(グレガリオ)」という役割が明確に存在しています。エースを勝たせるために、自分のレースを犠牲にする。風よけになり、水を運び、集団のペースをコントロールする。そしてそれが職業として成立していて、誇りとして語られている。
ロードレースを知らない方にとっては意外かもしれませんが、アシスト選手は「エースを支えた」ということを、勝利と同じくらいの誇りをもって語ります。「今日は自分がエースを守った」という満足感が、文化として根づいている。
ラグビーもそうです。「One for all, All for one」という言葉の通り、前に出て倒れた選手を次の選手が拾い上げる。スクラムやラインアウトで縁の下を支える選手が、チーム内で深くリスペクトされている。
この2つのスポーツに共通していることがあります。
「前に出る役割」と「支える役割」が可視化されていて、名前がついている。
ここが肝だと思いました。
名前がないものは、評価されない
少し抽象的な話になりますが、これは制度設計を考える上で本質的なことだと思っています。
名前がついていない役割は、認識されにくい。認識されないものは、評価されにくい。評価されないものに、人は誇りを持ちにくい。
ロードサイクリングで「グレガリオ」という名前があるから、その役割に意味と敬意が生まれる。ラグビーで各ポジションに名前と役割定義があるから、フランカーにはフランカーの誇りが生まれる。
翻って、組織で「マネージャーを外れた人」には何という名前がついているでしょうか。
「元マネージャー」。あるいは「プレイヤーに戻った人」。
どちらも、何かを失った人という意味しか持っていない。これでは交代が機能しないのは当たり前です。
「シニアサポーター」という仮説
ここからは私の仮説です。
マネージャーという役割を外れた人に、「シニアサポーター」という名前と役割を与えたらどうか。
シニアサポーターとは、「かつて前に立っていた経験を持ち、その経験をもとに今前に立っている人を支える役割」です。
ロードサイクリングのアシスト選手が優秀なのは、多くの場合、自分自身がかつてエースとして走った経験を持っているからです。前にいることのコスト、プレッシャー、孤独感を体で知っている。だからこそ、今エースである選手に対して、他の誰にもできないサポートを提供できる。
これを組織に当てはめると、シニアサポーターの価値は「前にいた経験そのもの」です。新任マネージャーが抱える不安や判断の難しさを、自分が通ってきた道として理解できる。それは、マネージャー経験のないメンバーには絶対に提供できない種類の支援です。
シニアサポーターに必要な3つの要素
この仮説が機能するためには、少なくとも3つの要素が必要だと考えています。
1つめは、明確な役割定義。
「暇になった元マネージャーがなんとなくサポートする」ではダメです。シニアサポーターに期待される具体的な行動、たとえば「新任マネージャーの壁打ち相手になる」「チームの状態を俯瞰して異変を早期に察知する」「組織の文脈や暗黙知を伝承する」といったことが、明文化されている必要がある。
2つめは、期限の設計。
マネージャーの任期が期限付きであるのと同様に、シニアサポーターの役割にも期限があったほうがいい。ずっとサポーターでいるのではなく、エネルギーが回復したら再び前に出ることもできる。この循環が見えていることが、「移行」の感覚を支えると思います。
3つめは、報酬の設計。
正直に言うと、ここが一番難しい。そして、まだ私の中で答えが出きっていない領域です。
従来の組織では「役職が上がれば報酬が上がる」という設計だったので、役職を外れることは報酬が下がることを意味していました。この設計のままでは、シニアサポーターという概念は絵に描いた餅で終わります。
報酬をどう考えるかについては、次回もう少し掘り下げてみたいと思います。ロードサイクリングの報酬構造に、意外なヒントがありました。
「降格」を「移行」に変えるということ
今回書きたかったことを一言でまとめるなら、こういうことです。
マネージャーを外れることが「降格」ではなく「移行」として受け取られるためには、移行先に名前と役割と意味が必要だ。
渡り鳥が後ろに下がるとき、そこには「次に前に出るための準備をしている」という意味がある。ロードサイクリングのアシスト選手には「グレガリオ」という名前と、それに伴う誇りがある。
組織にそれがないなら、作ればいい。
まだ荒削りですが、「シニアサポーター」はそのための仮説です。
次回は、この仮説をもう少し地に足のついたものにするために、報酬設計の話をしてみます。
前回の記事はこちら:

渡り鳥と犬ぞりに学ぶフォーメーションの設計
次回の記事はこちら:

ロードサイクリングの報酬設計に学ぶ ― 2層構造の考え方
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