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    AI時代における情報発信の本質とは何か
    思考の砂場
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    AI時代における情報発信の本質とは何か

    タカシ ユウト/ TIELEC代表
    7 分で読める

    最近、ずっと気になっていることがあります。

    AIを使って文章を書くことが当たり前になってきた今、「価値のある情報」って何なのだろう、と。

    具体的に言うと、2つの疑問がありました。

    1つ目は、いろんな情報を集めて再構成して、そこに自分の思いを載せた文章は、ちゃんと評価されるのだろうか、ということ。

    2つ目は、自分の経験や思いは豊富に書かれているけど、タイポがあったり時系列に整合性が取れていなかったりする文章は、価値がないのだろうか、ということ。

    この疑問の背景には、昔から感じていた違和感があります。

    キュレーションサイトのような、情報をまとめただけのコンテンツって、本当に価値があるのかな、と。それよりもむしろ、その人が何を経験してきて、何を学んだのか。それをきちんと伝えることのほうが大事なんじゃないか、と思っていました。


    AIでリライトすると「均質化」する

    とはいえ、現実的な課題もあります。

    どんなに自分の経験や思いを書いたとしても、最終的には読者にとって読みやすくするためのブラッシュアップは必要です。その作業をAIを使ってリライトするというのは、もう普通に行われていることだと思います。

    ただ、それによって発生する問題がある。

    「この記事、AIが書いたっぽいな」という雰囲気のものに収束してしまうんです。

    文章量が各セクションで同じくらいになっていたり、同じ感じのリズム、同じ感じの表現が続いていたり。よく使われる言葉が並んでいたり、人が書かないような図表が入っていたり。そういうのを見ていると、「もしかしてAIが作ったのかな」という臭いを感じ取ってしまいます。

    人間特有のゆらぎやリズム感、時には誤植も含めて、人間らしさというものが削れていって、どれも似たような雰囲気の文章に落ち着いてしまう。

    確かにそういう記事は読みやすさはあるのかもしれません。でも、それでいいのだろうか、という疑問が残ります。


    でも、AIは使いたい

    ただ、正直なところ、私自身はもっとAIを活用していきたいと思っています。

    理由は単純で、自分自身で知らないことがあまりにも多すぎるから。

    AIを使えば、素早く調べて情報整理してくれる。その内容を見て、また自分自身が何かを考えられる。このサイクルが早くなっているのは、非常に良いことだと思っています。

    だから「AIを使わない」という選択肢は、私の中にはありません。時代の流れと逆行しているし、むしろAIを使いながら価値のある情報発信をするほうが意義があると思っています。


    「何を書くか」と「どう書くか」

    この矛盾を考えているうちに、1つの気づきがありました。

    「どう書くか」と「何を書くか」は違う、ということです。

    「どう書くか」は、AIでリライトすれば誰でもできます。読みやすい文章、整った構成、適切な表現。これは今やAIがやってくれる領域です。

    でも、「何を書くか」は違う。

    その人が何を経験してきて、何を感じて、何を学んだのか。それは限られた人しか持っていないものです。

    そもそも知識というのは、1人で考えて出てきたものなんてほとんどありません。世の中にあるものに加えて、その人の経験なり何なりが上積みとして乗っかってきて、初めて価値が出てくる。ブラッシュアップされたものになる。

    そう考えると、AIで表現を磨いても、「何を書くか」がしっかりしていれば、価値は失われないのではないか。

    「考える」ことの本質について、より深く知りたい方にはこちらの書籍もおすすめです。


    30%のオリジナリティ

    では、どのくらいオリジナルであれば「価値がある」と言えるのか。

    私の感覚では、全体の中で30%くらいオリジナルの部分があれば、独自性があると判断していいのではないかと思っています。

    世の中にある情報と重なる部分があったとしても、それは当然のことです。むしろ、100%オリジナルな知識なんてほとんど存在しない。

    大事なのは、その人が何を経験してきて、何を学んだのかをきちんと伝えること。その部分が30%でもあれば、それは十分に価値のある情報発信だと思います。


    思考プロセスを外部に出すということ

    最近、私がやっているのは、AIと対話しながら知識を深めて、その思考プロセス自体をブログに出すというスタイルです。

    自分の中で深く知りたいこと、考えたいことがあるときに、AIと対話をしながら思考を整理していく。そして、その過程をそのまま記事にする。

    正直なところ、物によっては勇気がいることもあります。「このまま公開することによってリスクがあるんじゃないか」と考えることもある。

    でも、俯瞰的に見て、出すべきものは出すという判断をしたほうがいいかなと思っています。

    思考プロセスを外部に出すか、それともクローズドのものとして誰にも見せないものにするか。そこがポイントとしてあると思いますが、私は出すほうを選びたい。


    昔から変わらないこと

    こうして書いていて気づいたのは、オリジナリティのあるもの、価値のあるものを書くという姿勢は、私の中で昔から変わっていないということです。

    AIを活用していきたいという気持ちはあるけれど、そこはぶれない。

    価値ある情報の本質って何なのか。

    それは結局、「その人が何を経験してきて、何を学んだのかを伝えること」なのではないか。そう思っています。

    AIの時代だからこそ、その本質を忘れずにいたい。


    もし、この記事で述べた「AIで表現を磨きながらも、何を書くかを大切にする」という考え方に共感された方には、ブログ特化型のAIライティングツール「Rakurin」が参考になるかもしれません。完全自動化ではなく、人の手で編集を加えることを前提としたバランスの良いツールです。

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