今日、対話型研修のファシリテートをしながら、ずっと頭の片隅に引っかかっていたことがあります。

「人に興味を持つことが大事」という言葉についてです。

まとまりのない文章になるかもしれませんが、せっかくなので書き残しておきたいと思います。


言説として正しいのに、何かが足りない

マネジメントやチームビルディングの文脈で、「人に興味を持つことが大事」というフレーズはよく聞きます。

これは基本的に正しいと思います。異論はありません。

でも今日、場を動かしながら感じたのは、この言葉には前提条件がある、ということでした。それが割と抜け落ちたまま語られていることが多いんじゃないか、という違和感です。

そもそも人に興味を持てるかどうかは、心の余裕があるかどうかに左右される。

そしてその余裕が持てないとしたら、それは個人の問題というより、環境や構造の問題ではないでしょうか。


防御モードでは、人は人に興味を持てない

心の余裕がないとき、人はどうなるか。

締め切りに追われ、評価のプレッシャーにさらされ、上から無茶振りが続いている状態。そういうときに脳は「防御モード」に入ります。

防御モードでは、他者への好奇心が減ります。共感力が落ちます。視野が短期的な成果に絞られていきます。そして人を「理解すべき存在」ではなく、「リスク要因」として見るようになります。

つまり「人に興味を持つ」という行為は、認知資源が余っている状態でしか機能しない、高次の機能だということです。

これはマズローの欲求段階説でも同じことが言えます。他者への関心というのは、自分の安全が満たされていない状態では、なかなか発動しません。


燃えている建物の中で「思いやりを持て」と言う

問題は、多くの組織でこんなことが起きていることです。

燃えている建物の中で「もっと部下に関心を持ちなさい」と言っている。

常に人手不足、成果主義が過剰、ミスが許されない文化、評価が相対競争——こういう構造の中にいる人に「人に興味を持て」と言うのは、ほぼ精神論になります。

なぜなら、構造そのものが「無関心を合理的な選択」にしているからです。

本音を引き出すと面倒が増える。深く知ると責任が生じる。だから無関心の方が安全——そういう構造になっていたとしたら、個人の意識を変えようとしても限界があります。


人に興味を持てる組織は、余白がある組織

今日の研修を振り返ってみると、参加者たちは比較的、互いの話にちゃんと耳を傾けていました。

それはなぜだったか。

たぶん、この場にはある種の余白があったからだと思います。評価されない時間、正解を急がなくていい時間、ただ考えていい時間。

人に興味を持てる組織というのは、たぶんこれが日常的に設計されている組織なんじゃないでしょうか。興味を持つことが「結果」なのではなく、余白があることが「原因」なのではないか。


では、責任はどこにあるのか

ここはもう少し慎重に考えたいところです。

最終的な構造を作るのは、経営者です。だから「人に興味が持てない組織」を放置している責任は、経営レイヤーに帰着すると思います。

ただ、経営者自身も構造の中にいます。株主プレッシャー、市場競争、短期利益の要求——そういう外部の力に引っ張られていることも多い。だから「経営者が悪い」と単純に言い切ることもできません。

でも一つ言えるとしたら、余白のない組織を放置することへの問題意識を持つかどうかは、経営者の選択だということです。


サステイナブルな経営とは何か、という問い

ここまで考えていたら、一つの問いが浮かんできました。

サステイナブルな経営とは、組織の「認知余白」を設計し続けることではないか。

一般的にサステイナブル経営というと、ESGとか長期利益とか人材定着とかが出てきます。でもそれらを分解したとき、共通しているのは「短期最適に振り回されない状態」だと思います。

そしてその状態を作るのに必要なものが、認知余白なのではないでしょうか。

余白がない組織は防御モードになります。防御モードでは学習が止まります。学習が止まると成果が鈍化します。優秀な人が抜けていきます。

これは時間軸の問題であって、余白を削ることは短期的には効率的に見えて、長期的には組織の再生産装置を壊すことになります。


まだ整理しきれていないこと

とはいえ、今日の考察はまだ荒削りです。

たとえば「余白」を制度として仕組み化するにはどうするか、という話はまだ全然詰められていません。稼働率の上限を決めるのか、内省の時間を業務扱いにするのか、評価設計から変えるのか——具体の話はまた別の機会に考えたいと思っています。

一つだけ今日の問いとして残しておくとすれば、

余白は、意志の力で生み出すものか。それとも、構造によって生み出すものか。

人は意志よりも環境や構造に支配される、というのが自分の基本的な考え方です。だとすれば答えは後者になります。でも「構造で余白を作る」とはどういう経営なのか——その問いはまだ、うまく言葉にできていません。

対話型研修のファシリテートをしながら感じた違和感を、今日はここまで書き残しておきます。


参考書籍

組織における「学習」と「余白」の関係を深く考えたい方には、以下の書籍が参考になります。

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また、組織文化をどう設計するかという視点では、こちらも示唆に富んでいます。

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