自分のプロダクトを、機能追加で良くしようとしていた時期がありました。
「もっと自動化できれば」「もっとカバー範囲を広げれば」──そうすれば使ってもらえるはず。そう信じて燃料を足し続けていた。でも、あるとき気づいたんです。燃料の問題じゃなかった、と。
この記事では、ロレン・ノードグレンの『「変化を嫌う人」を動かす』(原題: The Human Element)を読んだことをきっかけに、自分のプロダクト「DevLoop Runner」の方向性を根本から見直した思考プロセスを書きます。
結論を先に言うと、「自動化ツール」から「AIと協働できるエンジニアを育てる環境」へ再定義しました。ただ、そこに至るまでにはかなりの葛藤がありました。
「燃料」と「摩擦」── 人が動かない本当の理由
『「変化を嫌う人」を動かす』の核心はシンプルです。
人を動かそうとするとき、多くの人は「魅力(Fuel)」を足そうとする。もっと良い提案を、もっと論理的な説明を、もっと大きなメリットを。でも実際に人が動かない最大の理由は、魅力不足ではなく**抵抗(Friction)**だ──という主張です。
本の中では、変化を拒む心理的抵抗が4つに整理されています。
- 惰性(Inertia): 今のやり方を変える面倒さ
- 努力(Effort): 理解・学習・実行にかかる負担
- 感情(Emotion): 不安、損失回避、アイデンティティの揺らぎ
- リアクタンス(Reactance): 「押し付けられている」と感じたときの反発
読んでいて、グサッときました。自分のプロダクトでまさにやっていたことだったからです。
DevLoop Runner の Friction を分解する
DevLoop Runner(devloop-runner.app)は、GitHub Issue を起点にAIと協働して設計・実装・PR・ドキュメント生成までを進める環境です。技術的にはかなり作り込んできた自覚がある。思想もある。実装力もある。コンテンツも書ける。
正直に言うと、燃料は十分だったんです。
じゃあなぜ広がらないのか。Friction の視点で自分のプロダクトを見つめ直してみました。
graph TD
A["DevLoop Runner が広がらない理由"] --> B["① 誰も知らない(惰性)"]
A --> C["② 必要性の弱さ"]
A --> D["③ 心理的不安"]
B --> B1["知らないものは試さない<br>試さないものは評価しない"]
C --> C1["あったら便利、でも今すぐ必要?<br>→ 多くのチームが「うーん…」"]
D --> D1["GitHub クレデンシャルの不安<br>LLM APIキーの管理"]
自分の中での優先順位はこうでした。
単にまだ誰も知らない > 必要性の弱さ > 心理的不安
「知らない」は一見マーケティング課題に見えますが、ノードグレン的に言えばこれも惰性の一種です。知らないものを試さない。試さないものは評価しない。評価しないものは必要性を感じない。「知らない」は、行動しない理由として十分に強い摩擦なんです。
そして一番戦略的に重要だったのは「必要性の弱さ」でした。DevLoop Runnerは「あったら便利」「面白い」。でも「今すぐ必要か」と聞かれると、多くのチームは首をかしげる。
ここでやりがちなのが「もっとすごい機能を作ろう」。でもそれは燃料を足す行為で、摩擦は減らない。
最初に浮かんだターゲット像と、その葛藤
Friction を分解していく中で、最初に浮かんだターゲット像がありました。
エンジニアを時間労働で酷使している組織。そこで働くエンジニアは少しでも楽をしたいと思っている。DevLoop Runner をこっそり使って、これまで8時間拘束されていたところから実質の拘束時間を減らす。浮いた時間で勉強したり、別のやりたいことができるようになる。報酬は同じだけど時間が増えるから、実質時給が上がるのと同じ──。
正直に言うと、これはかなりリアルな仮説でした。実際にそういうニーズは存在すると思います。
でも、ここで立ち止まりました。
この方向には構造的な問題がある。「会社にバレずにこっそり使う」というツールは、組織の承認を取れない。予算がつかない。導入が広がらない。推薦してもらえない。つまり、スケールしない。
それ以上に引っかかったのは、プロダクトの物語が歪むことでした。
生産性向上と搾取構造の間で
ここからは少し踏み込んだ話をします。
エンジニアの生産性向上ツールには、構造的なジレンマがあります。生産性を上げたとしても、それによって生まれた余剰に対して追加のタスクが割り振られて、給料は上がらない。多くの企業で実際に起きていることだと思います。
エンジニア自身が生産性を高めつつ、自由な時間を取り戻せる。そういう広め方にならないのであれば、このツールを提供しないほうがマシなんじゃないか。わりと本気でそう考えていました。
でも、冷静に考えると、このツールを出さなかったとしても搾取構造が改善するわけではない。むしろ、効率化は経営主導で導入されるだけです。
ここで自分の中で整理がつきました。
問題はツールではなく、組織の配分ルールにある。 ツール自体は中立で、構造が歪んでいると良いツールも歪んだ使われ方をする。だったら、「誰のためのツールとして設計するか」が重要になる。
「自動化ツール」から「能力拡張の環境」へ
葛藤を経て見えてきたのは、こういう構図でした。
graph LR
subgraph "❌ 時間短縮ツール"
A1["効率化"] --> A2["コスト削減文脈"]
A2 --> A3["経営にとっての余剰労働力"]
A3 --> A4["タスク増 → 搾取リスク"]
end
subgraph "✅ 能力拡張の環境"
B1["思考拡張"] --> B2["AI協働スキルの獲得"]
B2 --> B3["市場価値の向上"]
B3 --> B4["交渉力↑ → 選択肢↑"]
end
「時間を浮かせるツール」と「能力を拡張する環境」。中身は似ていても、思想がまったく違います。
時間短縮を売ると、経営にとっては「余剰労働力」になる。でも能力拡張を売ると、個人の市場価値そのものが上がる。交渉力が高まる。会社に依存しない力が育つ。
主導権とは、会社に勝つことではなく、会社に依存しないこと。
この整理がついた瞬間、プロダクトのコンセプトが一気に変わりました。
DevLoop Runner は自動化エンジンではない。AIと協働できるエンジニアを育てる環境だ、と。
なぜ「協働プロセスが見える」ことが大事なのか
ここでもう一つの分岐がありました。
プロダクトとしては、「AIが全部やってくれるブラックボックス」のほうが売れやすいかもしれない。でも、思考プロセスが見えない装置では、使っている人の能力は伸びません。
DevLoop Runner で目指しているのは、こういうフローです。
- Issue を入力する(人間)
- AIが設計案を提示する(AI)
- 設計の妥当性を判断・修正する(人間)
- AIが実装する(AI)
- レビューと改善に集中する(人間)
- PRとドキュメントが生成される(AI)
人間は不要にならない。人間の役割は「実装」から「判断」に進化する。
そしてそのプロセスが可視化されているからこそ、使っている人は「AIに任せる力」「Issue を構造化する力」「レビュー観点を明確にする力」を身につけていける。
正直に言うと、ブラックボックスのほうが楽だし、短期的には売れると思います。でも、それは自分の思想と矛盾する。エンジニアの主導権を拡張するツールが、エンジニアの思考を奪ってどうするんだ、と。
独自のポジションが見えた瞬間
他の類似サービスと比較してみると、多くは「コード生成効率」「PR自動化」「工数削減」「コスト削減」を売っている。
自分が今見つけた軸は「AIと協働できるエンジニアを育てる」。これはレイヤーが違う。
しかも、自分のバックグラウンドと一貫している。内省(ORIMD)の研究、キャリアコンサルタント資格、エンジニアの主導権というテーマ。全部が一本の線になる。
コンセプトは同じかもしれないけど、なぜそれをやるのかの文脈が違う。その文脈の厚みが、独自のポジションになる──そう感じました。
ランディングページのリブランディング
コンセプトが定まったので、ランディングページも全面的に書き換えました。
ヒーローコピーはこうなりました。
AI時代、エンジニアの役割は変わる。
DevLoop Runnerは、その変化を実践する環境です。
最初は「あなたはAIに仕事を奪われますか? それとも、AIを使いこなす側になりますか?」という問い型のコピーを置いていました。でも、これは煽りのニュアンスがある。恐怖で動かすのは自分の思想と合わない。
静かに、でも深く届く言葉を選びました。
ランディングページ全体で意識したのは、以下の点です。
- 「時間が半分になる」とは言わない。「思考の重心が変わる」と表現する
- 避ける言葉: 爆速、劇的削減、革命、圧倒的効率化
- ストーリー中心で腹落ちさせる(Before/After を1人のエンジニアの1日として描写)
- 「効率化は副作用。本質は、思考の進化。」を伝える
正直、まだブラッシュアップの途中です。抽象的なコンセプトなので、わかりやすさは引き続き磨いていく必要がある。でも、方向性としてはもうブレない確信があります。
振り返り: Fuel ではなく Friction を見る
今回の一連の思考で一番大きかった学びは、燃料を足し続けても、摩擦が減らなければ届かないということです。
機能を増やす。性能を上げる。カバー範囲を広げる。それは全部 Fuel(燃料)の話。でもプロダクトが広がらない本当の理由は、多くの場合 Friction(摩擦)の側にある。
そして摩擦を分解していくと、技術的な問題よりも先に「そもそもこのプロダクトは何のために存在するのか」という問いにたどり着いた。自分にとっては、それが一番大きな収穫でした。
DevLoop Runner はまだ少数に届いている段階です。でも、「AIと協働できるエンジニアを育てる環境」という軸が定まったことで、ここからの判断は格段にシンプルになると思っています。
燃料を足すか、摩擦を溶かすか。どちらか一方ではなく、両輪で考える必要がある。ただ、自分はこれまで燃料を足すことばかりに意識が向いていたので、摩擦を溶かす視点を持てたことが大きかったと思っています。
参考書籍
今回の思考の起点になった書籍です。「なぜ良い提案が受け入れられないのか」を4つの摩擦で分解するフレームワークは、プロダクト開発に限らず幅広く応用できます。
[📦 商品リンク: moshimo-card-mIsWy]
プロダクトの方向性を技術と組織の両面から考えたい方に。意思決定・戦略・リーダーシップの実践的な視点が得られます。
[📦 商品リンク: moshimo-card-TxhLL]
AIエージェントとの協働に興味がある方に。DevLoop Runnerが目指す「AIと協働できるエンジニア」の技術的な基盤を理解するのに役立ちます。
[📦 商品リンク: moshimo-card-tpujl]