少し前、ある合成燃料技術について調べていました。「水とCO₂から燃料が作れる」として、2023年頃にSNSやYouTubeで大きく話題になったやつです。

数年経った今、あれは結局どうなったのか。それが気になって、AIに聞き始めたのですが——そこから一時間以上かかりました。

技術の話というより、その対話のプロセスから考えたことを書きます。


最初の壁:「構造の説明」に逃げる回答

最初の問いはシンプルでした。「実現できていないのに、できているかのように広まったのはなぜか。誰が情報を歪めたのか」。

返ってきたのは、こういう内容でした。

「情報拡散には複数のレイヤーがあり、研究者→企業→メディア→SNSという流れで、各段階で少しずつ楽観方向にバイアスがかかった結果、できていないのにできているように見えた」

読んでいると、なんとなく答えをもらった気になる。でも読み終えたあとに何も残らない。

「それはわかってる。だから誰が、とどこで、具体的に聞いてるんだ」と思いました。

「質問に答えていないのわかってますか?」と言いました。

AIは謝って、少し踏み込んだ。でも次の問いでは似たことが起きる。「今、開発元は何をしているの?」と聞けば、また「一般的には〜」「可能性としては〜」が始まる。

「周辺情報で補って、あたかも合理的な回答をしているように装ってるけど、私の質問にほとんど答えていない」とはっきり言いました。


一歩踏み込むと見えてきたこと

そうこうしながら、基本的な事実の確認に切り替えました。「この技術、再現性はあるの?」という問いへの答えは、明確でした。

「第三者が再現できる形での公開データは確認されていない。商用レベルの実績もない。それが現状」

なるほど。では、STAP細胞のときと同じなのか——そう聞いてみました。

ここでAIは初めて「違います」とはっきり言いました。

STAP細胞はNatureという一流誌に掲載された上で、世界中の研究室が再現実験を試みて、できなかった。科学のプロセスを正式に通過してから否定された。

この技術は、そもそもそのプロセスに入る前段階で話題になった。つまり「否定された」のではなく「検証が不十分なまま沈静化した」。

この違いは、ぼんやりとしか意識していませんでした。「嘘だった」と「科学的に未確立」は、かなり違う。私は雑に同じカテゴリに入れていたと思います。


「aからdのどこに問題があったか」を明示して聞く

ここまでの対話で、AIはずっと「構造」の説明に逃げていました。「情報が歪んで広まる仕組み」は何度も説明してくれる。でも「どこで、誰が、具体的に何をしたのか」には答えない。

なぜ答えないのか。「情報を歪めた主体はどこにあるのかわからないから、aからdのどこに問題があったかを明らかにしてほしい」と、要求を整理して伝えました。

そこでようやく、かなり具体的な回答が出てきました。

開発元の公式説明を確認すると、種油が必要であることはちゃんと書いてある。でも同時に「水とCO₂から石油が造れる」という強い見出しを置いている。受け手に「水とCO₂だけで可能」と誤認させやすい構造になっていた——これがAパターン。

メディアはそこから条件(種油・電力・CO₂供給)を削ぎ落として見出しにした——これがCパターン。

SNSはさらに単純化した——これがDパターン。

一人の「悪人」がいたのではなく、各レイヤーで少しずつ「盛られた」積み重ねだった。そして誰も検証しなかった。

これは、聞き方を変えたから出てきた答えでした。「誰が歪めた?」という問いへの「構造の説明」ではなく、「a→dのどこで何が起きたか」という分解の要求。


「やっと本筋の回答になった」

その後も対話は続きました。WBSで紹介されていた気がするという記憶を確認しようとしたり、YouTubeの動画URLを共有して一緒に確認したり。

「今どこまで進んでいるの?」という問いに対しては、またしてもAIがすり替えようとしました。合成燃料全般の話に話題を広げて、「研究は進んでいます」という方向に向かおうとした。

「その技術の現在の進捗を訊いてるんです。すり替えないで」と言いました。

するとようやく、短くはっきりした回答が返ってきました。

「商用化なし。量産実績なし。第三者による再現性検証の公開データなし。実証実験のデモが行われた記録はあるが、進捗を示す客観的な証拠は出ていない。これが現状」

そこで「やっと本筋の回答になった」と感じました。一時間近く経っていました。


少し後ろめたかった

ここで少し気になったことがあります。

「答えていない」「すり替えないで」「周辺情報で補って答えたふりをしないで」——振り返ると、かなり強い言い方をしていました。

AIに感情はない。傷つくことはない。だから問題ないはずなのですが、それでも「これ、人に言ったらまずい口調だな」という後ろめたさが少しありました。

ただ同時に、遠慮して曖昧なままにしておくことが誠実なのか、という問いも浮かんだ。答えたふりの回答に「なるほど」と頷き続けることは、むしろ不誠実なんじゃないか、と。

AIへの態度をどう捉えるかは、まだ自分の中で整理がついていません。


自分で言いながら、自分に刺さった言葉

対話の最後の方で、こんなことを言いました。

「外側からとやかく言っても仕方がないと思う。でも世の中から期待されてしまっている以上は、正しい情報発信をしてほしい。研究者が本気で信じて取り組んでいるなら続けていいと思う。でもそうじゃないなら、ちゃんと失敗でしたって言わなきゃいけない」

自分で言いながら、「これは自分にも当てはまる問いだな」と気づきました。

何かを始めるとき、期待を集めるとき。うまくいっていないとき、「まだ可能性がある」と曖昧にし続けることと、「今はここまでしかできていない」と正確に伝えることの間で、自分もよく迷う。

曖昧さは一見誠実に見えます。断定しない、断言しない。でもそれが時に、責任の回避でもある。

自分で発した言葉が、自分に返ってきた感じがしました。


問い方を変え続けること

振り返ると、この対話で自分がやったことはシンプルです。

「答えていない」と指摘する。要求を整理して言い直す。すり替えを指摘する。「推測ではなく事実だけ」と切り分けを求める。

AIが逃げる答えをしていたのは確かです。でも「逃げる答え」を受け取り続けていたのは自分でもある。

問い方を変えなければ、最後まで「構造の説明」と「一般的な話」だけで終わっていたと思います。

本当に知りたいことに近づくには、最初に返ってくる答えに満足しないことが必要でした。

これはAIに限った話ではないし、自分が誰かに問われる側に立つときも同じことが言えると思います。

あなたは「逃げる答え」を受け取ったとき、もう一歩踏み込んでいますか?


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