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    誰でも作れるが誰にも届かない時代の生き方
    思考の砂場
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    誰でも作れるが誰にも届かない時代の生き方

    タカシ ユウト/ TIELEC代表
    9 分で読める

    ロングテール戦略への疑問

    要点だけ知りたい方へ(ORIMD)

    O(事実): ロングテール戦略は「誰でも発信できる」を実現したが、「誰でも発見される」は実現していない。AIルートは大企業が強く、ファンルートに乗れるのも一握り。

    R(感情): 三極化の構造が見えてきて、正直怖いと思った。

    I(解釈): 市場はAIルートの勝者、ファンルートの勝者、誰にも気づかれない層の三極化に向かっている。浮上には経済的バッファが必要で、「才能があれば誰でも」という話ではない。

    M(意味): 屍かどうかは、今この瞬間には決まらない。手放したときにはじめて、意味がなかったことが確定する。

    D(決定): 波があっても続けられる範囲で、長くやっていく。

    ロングテール戦略という言葉があります。インターネットによって「棚のコスト」がゼロに近づけば、ニッチな商品やサービスでも生き残れる。そういう話です。

    でも、本当にそうなのでしょうか。

    Amazonを見ていても、結局売れているのは売れ筋商品ばかりです。ロングテールの「テール」の部分にある商品は、ほとんど誰にも見つけられていない。Netflixでも、上位1%のコンテンツが視聴の大部分を占めているという話を聞いたことがあります。

    インターネットは「誰でも発信できる」ようにしたけれど、「誰でも発見される」ようにはしなかった。

    この事実が、最近ずっと引っかかっています。


    AIルートとファンルート

    最近読んだ本に、佐藤尚之(さとなお)さんの『AIに選ばれ、ファンに愛される。変わる生活者とこれからのマーケティング』があります。

    この本の中で、これからのマーケティングには2つのルートがあると書かれていました。

    1つ目は「AIルート」。AIに選ばれることで、多くの人に届く道。

    2つ目は「ファンルート」。少数でも熱狂的なファンに支えられる道。

    佐藤さんは、AIルートは結局、資本力のある大企業が強いと指摘しています。AIは統計的な処理に基づくため、大量のレビューや露出を持つ大企業が有利になりやすい構造がある。

    そして読みながら思ったのは、ファンルートに乗れるのも、実はごく一部の人だけなんじゃないかということでした。

    ファンに愛されるためには、まず「発見される」必要があります。でも発見されるためには、すでにある程度の露出やファンがいないといけない。

    これは典型的な「卵と鶏」問題です。


    三極化という現実

    考えていくうちに、世の中は二極化ではなく「三極化」しているんじゃないかと思うようになりました。

    第一層:AIルートの勝者(大企業・資本力のある存在)

    第二層:ファンルートの勝者(ニッチだが発見され、コミュニティを形成できた層)

    第三層:誰にも気づかれない層(ロングテールの大部分)

    第二層になれる条件は、想像以上に厳しいです。たまたま初期にバズった、すでに別の文脈で知名度があった、特定のコミュニティとのコネクションがあった。どれも、本人の努力だけではコントロールできない要素が多い。

    そして第三層は、存在していないのと同じ状態になっていく。

    正直、これは怖いと思いました。


    浮上コストという見えない壁

    ファンルートに乗るためには、「浮上期間」を生き延びる必要があります。情報発信を続けて、認知を広げて、少しずつファンを増やしていく。その間、収入はほとんどゼロに近い。

    つまり、浮上するまでの生活費を確保できる人だけが、この競争に参加できる。

    成功したクリエイターやスタートアップの話では「情熱」や「継続の力」が語られがちですが、その裏には語られない前提条件があることが多いです。実家に余裕がある、配偶者に安定収入がある、前職でそれなりに貯蓄できた。

    「才能があれば誰でも」という話では全然なくて、才能+経済的余裕+運の組み合わせが必要になる。


    私自身の話

    ここで少し、自分の話をさせてください。

    私には2つのサービスがあります。1つ目は、ファンルートに乗せることを頑張って、登録者をそれなりに伸ばしたサービス。2つ目は、作ったばかりでまだ誰にも見つかっていないサービス。

    1つ目のサービスは、今でも使ってくれている人がいます。応援してくれている人もいます。諦めたわけじゃないし、もっと良いものを提供しようという気持ちは失っていません。

    ただ、正直に言うと、私自身が疲弊してしまった時期がありました。


    疲弊の正体

    原因はシンプルで、お金がなくなったからです。もともと自己資本でやっていたので、資金が尽きると心の余裕もなくなっていきました。

    お金がなくなると、本当に余裕がなくなります。

    健全な人間関係を維持することすら難しくなっていました。簡単なコミュニケーションですら、困難に感じるレベルで。メッセージをもらっても、リアクションを返せない。そういう状態が続いていました。

    リアクションできなかった人は、少なくない人数でいます。サービスのフォローも行き届かなくなってしまった。そこに対しては、本当に申し訳なく思っています。

    でも、またなんとか復活しようとしています。

    今は業務委託の仕事もしながら、少しずつ立て直しているところです。


    ムラがある自分を受け入れる

    私は割とムラが大きいタイプです。集中して取り組めるときと、そうでないときの差が激しい。季節によっても変わります。

    だから、業務委託の仕事だけでいっぱいいっぱいのときもあれば、余力があるときは自分のサービスに集中的に取り組む。そういうスタンスでやっています。

    一定のペースで毎日コツコツやるのが「正しい」みたいな空気がありますが、それが合わない人に強制しても続かない。

    自分のリズムで、お金が続く限り、長く続ける。ファンルートって結局、生き残った人が勝つゲームだから。

    そう思うようになりました。


    ここからは、少し個人的な問いの話になります。

    屍になったサービスは、何のために生まれたのか

    ここまで考えてきて、最後に残った問いがあります。

    ロングテールの中で誰にも発見されないまま消えていったサービスや商品は、結局、何のために生み出されたのか。

    よく言われる慰めの言葉はあります。「作る過程で学びがあった」「挑戦したこと自体に価値がある」「失敗も経験になる」。

    でも、それって本当にそうでしょうか。

    問題解決のためにサービスを作った人にとって、誰の問題も解決できなかったなら、それは端的に言って失敗です。学びがあったとしても、それは副産物であって目的じゃない。

    正直に言えば、屍になったサービスの大半は、ただ消えていく。誰にも使われず、作った人の時間とお金が消費されただけ。壮大な意味なんてない。


    でも、それでいいんじゃないか

    そう思いながらも、私はこうも思いました。

    屍かどうかは、今この瞬間には決まらない。生き続ける限り、まだわからない。

    本当に屍になるのは、作った人が「もういい」と手放したとき。そのときはじめて、意味がなかったことが確定する。

    でもそれは悲しいことじゃなくて、「次に行っていい」という合図なんだと思います。


    終わりに

    答えが出たわけではありません。

    ただ、波があっても続けられる範囲で、長くやっていこうと思っています。

    「屍かどうかは、今この瞬間には決まらない」

    この言葉を、自分へのお守りにしようと思います。


    関連書籍

    自分のリズムで創作を続けることについて、こちらの本も参考になります。

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