まとまりのない文章になる可能性があります。ふと気づいたことから考え始めて、途中で何度も立ち止まりながら書いているので。
恵方巻きを食べながら思ったんです。「これ、自分が子どもの頃にはなかったよな」と。
バレンタイン、クリスマスは物心ついたときから当たり前にあったけど、恵方巻きもブラックフライデーも、生まれた後で定着したものです。生きてきた中で、日本の年間行事は明らかに増えている。
日本って、イベントを作って定着化させることに、異常なくらいの熱量があるんじゃないか。
そう思ったら気になって仕方なくなって、調べ始めました。
マーケティングだけでは説明できない
もちろんマーケティング戦略ありきだとは思います。企業が仕掛けている。でも、それを定着させるのって半端ないことですよね。多くは一過性のブームで終わる。恵方巻きやハロウィンのように全国レベルで根付くのは、ほんの一握りです。
なぜ定着するものとしないものがあるのか。
調べていくと、いくつかの要因が見えてきました。
日本には元々「日常(ケ)」と「非日常(ハレ)」を明確に分ける感覚が根付いています。だから「この日は特別」というイベントを受け入れる素地がある。新しいイベントも、この既存の枠組みに入り込めるんです。
それから「みんながやっている」の威力。同調圧力という言い方をするとネガティブですが、周囲と足並みを揃える安心感が強い文化だからこそ、SNSやメディアで一斉に報じられると雪だるま式に広がる。
小売・流通の「売り場力」も見逃せません。コンビニ、スーパー、百貨店が全国津々浦々にあり、しかも季節の売り場づくりに熱心。恵方巻きはセブンイレブンが全国展開で仕掛けた典型例ですが、売り場が一斉に変わると「あ、そういう時期か」と刷り込まれる。
そして、本来の意味からの自由さ。クリスマスは宗教行事、バレンタインも聖人の日ですが、日本では「ロマンチックなイベント」「チョコの日」として再解釈された。本来の文脈に縛られないから、日本人の生活に合う形に柔軟にカスタマイズできるんです。
月別に見ると、偏りが見える
ここで気になったのが、イベントの「密度」です。マーケティング的には毎月何か手掛けたいはずなのに、際立ったイベントがない月もあるんじゃないか。
月別に整理してみました。
1月 - お正月、初売り、成人の日。年間最強クラス。
2月 - 節分・恵方巻き、バレンタインデー。短い月なのにイベント密度が高い。
3月 - ひな祭り、ホワイトデー、卒業シーズン。
4月 - 入学・入社、お花見。
5月 - GW、こどもの日、母の日。
6月 - …父の日?
7月 - 七夕、夏のセール開始、土用の丑。
8月 - お盆、花火大会、夏祭り。
9月 - 敬老の日、お月見、シルバーウィーク。
10月 - ハロウィン一強。
11月 - 七五三、ブラックフライデー。
12月 - クリスマス、年末商戦、大晦日。
見事に6月と9月が弱い。
特に6月は梅雨、父の日の存在感の薄さもあって、最弱月と言っていい。9月も残暑で消費意欲が低下し、敬老の日に華がない。
失敗例がいくつも
鬼門の月に仕掛けられて定着しなかったものを調べてみると、失敗例がいくつもありました。
6月の失敗例
「夏越ごはん」。2015年に米穀機構が仕掛けた企画で、6月30日「夏越の祓」に雑穀ごはんを食べようというもの(参考: 米穀機構「夏越ごはん」特設サイト)。恵方巻きの成功を見て企画されたんでしょうが、まだ広く定着しているとは言えません。そもそも「夏越の祓」自体を知らない人が多い。
京都の和菓子「水無月」も全国展開を試みましたが、京都以外での認知度がまだ低い状態です。「なぜ食べるのか」という背景を説明する必要があるところが、広がりにくい要因なのかもしれません。
父の日も毎年何かしら仕掛けますよね。黄色いバラ、ビール、うなぎ、ネクタイ…でも母の日のカーネーションのような「これ」が決まらない。父の日自体が「母の日の二番煎じ感」から逃れられていない気がします。
9月の失敗例
「サマーバレンタイン」「セプテンバーバレンタイン」。夏にもバレンタインを、とお菓子業界が仕掛けましたが定着しませんでした。暑い時期にチョコは溶ける、という物理的問題もあったのかもしれません。
敬老の日ギフトも毎年工夫されていますが、「何を贈ればいいかわからない」という声は多い。
お月見も風情がありますが、イベントとしての盛り上がりは限定的。唯一マクドナルドの「月見バーガー」だけが毎年話題になりますが、これは「お月見という行事」ではなく「秋の限定商品」として扱われているからかもしれません。
定着しなかった企画には共通点があるように見えます。
- 説明が必要(「なぜやるの?」に即答できない)
- 行動が面倒(買って帰ってすぐ食べる、ができない)
- 写真映えしない
- そもそも季節的に外出意欲が低い時期
恵方巻きの「奇跡」
ここで改めて恵方巻きを見ると、異例の成功だとわかります。
節分という認知度100%の行事に、後から食文化を追加した。ゼロからイベントを作るより圧倒的に有利です。豆まきという「既存の行動」に一品追加しただけ。
「今年の恵方は南南東」のように、毎年方角が変わる。これがメディアで報じられる理由になるし、「去年と同じ」にならない。地味だけどこの設計が秀逸です。
「黙って一本食べきる」という縛りが特別感を出しつつ、行動としては「買って食べるだけ」。この絶妙なバランス。
ちょうどいい価格帯(500〜1000円)。日常よりちょっと贅沢、でも痛くない。ギフトではなく「自分・家族用」なので気軽です。
後発でここまで定着した消えものイベントは、他にほとんど思いつきません。
1990年代以降に仕掛けられて全国定着した「消えもの×行事」は恵方巻きだけかもしれない。これはパズルが解けたかのような気持ちになりました。「消えもの+特別感+毎年の更新性+既存行事へのフック」の4つを同時に満たす設計が、いかに難しいか。
(参考: セブンイレブンと恵方巻きの歴史 - J-CAST)
読書イベント案の行き詰まり
6月に何か定着するイベントを考えてみました。
梅雨の時期、雨で外に出たくない。家でゆっくりする時間もいいんじゃないか。「本を読もう」みたいなイベントはどうだろう。
発想としては理にかなっています。でも恵方巻きの成功要因と照らすと…
| 恵方巻き | 読書 |
|---|---|
| 買って食べて終わり(10分) | 読み終わるまで数時間〜数日 |
| 成果が即座に完結 | 達成感が遠い |
| 写真映えする | 「本読んでます」は映えにくい |
| 全員同じ行動 | 何を読むか選ぶ負担 |
「簡単・即完結・みんな同じ」とは真逆なんですよね。
しかも日本人は月に1冊も読まない人が6割超。「読みたいとは思ってるけど読まない」層が多い(参考: 文化庁「令和5年度 国語に関する世論調査」- nippon.com)。潜在需要はあるのかもしれませんが、「やりたいけどやらない」は結局「やらない」ということなのかもしれません。
NetflixもYouTubeもスマホゲームもある時代に、読書は「意識して選ばないと発生しない行動」になってしまった。
正直ここで詰まりました。
ハードルを下げる、という視点
行き詰まって、視点を変えました。
読書イベントは「良いこと」に聞こえてしまうんですよね。恵方巻きは別に体にいいわけでも知性が上がるわけでもない。「楽しいからやる」「みんながやってるからやる」だけで完結してる。
読書は「すべきこと」「ためになること」という響きがあるから、イベント化しにくいのかもしれません。
恵方巻きもハロウィンもバレンタインも、冷静に見れば「だから何?」なんです。栄養学的意味もないし、文化的に深い意味もない(少なくとも日本では)。
でもそれでいいんです。
意味を考えなくても参加できる、というのが強みなのかもしれません。
6月に必要なのは「正当化された怠惰」かもしれない。梅雨、じめじめ、外出たくない。この気分に逆らわず乗っかる設計。
成功するイベントって、「今日は○○していい日」という免罪符なんです。
クリスマスにケーキ食べすぎていい。バレンタインに告白していい。ハロウィンにバカやっていい。
6月には「雨だからダラダラしていい」を商品に変換できたら、何か生まれるかもしれない。
本質への到達と、新たな壁
じゃあ一番いいのは「通勤しない」じゃないか。
雨の日に通勤したくない、というのは本音としてあると思います。それを「イベント」として正当化できたら、支持される可能性がある。コロナでリモートワークの土壌はできた。あとは「きっかけ」だけ。
でもここで壁にぶつかりました。
恵方巻きやバレンタインは小売が仕掛けて小売が儲かる構造だった。「通勤しない日」は…誰が仕掛けるのか。誰が儲かるのか。
むしろ交通機関、コンビニ、外食は売上が減る。
逆転の発想として「家にいる消費」を作ることはできます。「雨の金曜は在宅推奨。その代わり夜はちょっといい家飲み、出前、サブスク映画」。Uber Eats、Netflix、コンビニスイーツ、冷凍食品メーカー、酒類メーカーあたりが組めば…可能性はあるかもしれない。
でも、ここで引っかかりました。
構造的な問題
「雨の日は家でUber Eats頼もう」
→ 配達員は雨の中走ってる
「コンビニでご褒美スイーツ買おう」
→ 店員は出勤してる
結局、消費を促すイベントは「届ける側」を必要とします。オフィスで働く人が休めても、現場で働く人たちは動き続ける。
コロナのときに見えた構造です。「ステイホーム」の裏で、物流、スーパー、医療、配送の人たちが動き続けた。「家にいよう」は全員ができるわけではなかった。
本当に平等にやるなら、全員休む。店も閉める。配達もない。電車も間引き。「社会ごと低速運転する日」。
でもこれはもうマーケティングじゃなくて社会設計の話になる。消費を喚起するイベントの枠組みでは扱えない問題かもしれません。
恵方巻きが美しいのは「届ける人」も「買う人」も同じ日に同じもの食べられるからなんですよね。消費の平等性がある。そこまで考えると、やっぱりあれは奇跡だったんだなと思います。
ただの雑記ですが
結局、答えは出ませんでした。
6月を攻略するイベントは作れるのか。現場で働く人たちも休める平等なイベントは可能なのか。それともこれはマーケティングではなく、社会設計の問題なのか。
私はマーケターでもなんでもないので、ただの雑記です。ふと気になって調べただけ。
でも、恵方巻きという「奇跡」の裏側を分解してみることで、消費と労働、自由と平等、意味と無意味。イベントひとつとっても、社会の構造が少し見えた気がします。
あなたは6月にどんなイベントがあったら嬉しいですか?