先日、貰い物の自然薯を食べました。
普段自分で買うことがない食材です。スーパーで見かける長芋は知っているけど、自然薯を自分で調理するのは初めてでした。
まず、どうやって食べるのかを調べるところから始まりました。
初めての自然薯
調べてみると、自然薯は「髭根を焼いて、皮ごとすりおろす」のが一般的らしい。
髭根というのは、表面に生えている細かいひげのような根のこと。これをガスコンロの火でサッと炙って焼き切る。皮は剥かずにそのまますりおろす。
正直、最初は「皮ごと?」と思いました。長芋は皮を剥くイメージがあったので。でも自然薯は皮が薄くて、皮と身の間に風味や栄養が多く含まれているから、剥かない方がいいらしい。天然の自然薯は形もゴツゴツしていて剥きにくいし、昔からそうやって食べられてきたようです。
言われた通りにやってみました。髭根を焼いて、皮ごとすりおろす。
すりおろしてみて驚いたのは、粘りの強さです。長芋のとろろはサラサラしているイメージでしたが、自然薯は全然違う。もったりとしていて、箸で持ち上がりそうなくらい粘る。
ただ、色が気になりました。白ではなく、灰色っぽいというか、少し黒ずんでいる。
「これ、失敗した?」と思って調べたら、酸化による変色で問題ないとのこと。皮ごとすりおろすとポリフェノールが多いから変色しやすいけど、味や栄養には影響ない。見た目より味重視で楽しむのが自然薯の醍醐味らしい。
そのままとろろご飯にして食べました。
美味しかったです。長芋とは別物でした。
山芋の正体
ここで初めて知ったのですが、「山芋」というのは総称なんですね。
山芋という種類の芋があるわけではなく、ヤマノイモ科の芋をまとめて山芋と呼ぶ。その中に自然薯も長芋も含まれている。
自然薯は日本原産の野生種で、粘りが最も強く、風味も濃厚。細長くくねくね曲がった形をしていて、希少で高価。一方、長芋は中国原産で、水分が多くシャキシャキしていて、粘りは弱め。まっすぐで太くて、スーパーでよく見かける安価なやつ。
スーパーで「山芋」として売られているのはほとんどが長芋だから、今まで食べていた「山芋のとろろ」は長芋だったんだと思います。
自然薯の価格を調べてみたら、栽培ものでも1本2,000〜4,000円くらい。天然ものだと1kgあたり5,000〜10,000円以上することもあるらしい。長芋が1本200〜400円くらいだから、5〜10倍以上の差がある。
栽培に1〜2年かかること、天然ものは山で掘り出すのに手間がかかること(深く曲がりくねって生えているので折らずに掘るのが大変)、収穫量が少ないことが理由のようです。
それを知って良いものをいただいたんだなと素直に思いました。
次はどう食べよう
さて、自然薯はまだ余っています。丸ごとなら野菜室で2〜3週間くらい持つらしいけど、せっかくだから美味しいうちに食べたい。
次はどうやって食べようか。
調べてみると、とろろ以外にも色々な食べ方があるようでした。
磯辺揚げ、とろろ焼き、とろろ鍋、グラタン風。これらは「すりおろしてから調理する」系。
短冊切りで刺身風、天ぷら、バター醤油焼き、素揚げ、煮物。これらは「すりおろさずに調理する」系。
すりおろすのは正直ちょっと面倒でした。粘りが強いから手にまとわりつくし、手がかゆくなったりもする。切るだけ、焼くだけなら楽でいいな、と思いました。
バター醤油焼きなんて、1cm厚の輪切りにしてバターでじっくり焼いて、仕上げに醤油をかけるだけ。ホクホクして美味しいらしい。素揚げも、輪切りにして揚げて塩を振るだけ。
でも、同時にこうも思ったんです。
「とろろ以外で食べるの、もったいなくないかな」
「もったいない」の正体
自然薯は高い。長芋の5倍から10倍はする。せっかくの貰い物だし、一番良い食べ方をしなきゃいけないんじゃないか。とろろが王道なら、それ以外を選ぶのは価値を取りこぼしているんじゃないか。
そんなことを考えていました。
でも、冷静に考えると、おかしな話です。
バター醤油焼きにしても、素揚げにしても、美味しく食べられるなら同じはずです。胃に入れば同じ。栄養も同じ。むしろ、面倒だからと冷蔵庫に放置して傷ませてしまう方がよっぽどもったいない。
なのに、なぜ「もったいない」と感じてしまうのか。
たぶん、「正解があるはず」と無意識に思っているからだと思います。
高級なもの、希少なものには「本来の食べ方」「最も価値を引き出す方法」があって、それ以外を選ぶと価値を取りこぼしている気がする。100点が取れるはずなのに、80点で終わらせてしまうような感覚。
貰い物だから「ちゃんと扱わなきゃ」という責任感もあったかもしれません。贈ってくれた人への礼儀として、粗末にできないというか。
でも本当は、美味しいと感じて満足できたらそれが100点なんですよね。食べ物の価値って、結局は食べた人の満足度でしかないので。
作り手の視点
ふと気になって、自然薯の農家さんはどんな食べ方をしているのか調べてみました。
結論から言うと、かなりカジュアルでした。
ある自然薯カフェのオーナーさんは、残ったとろろを卵かけご飯に混ぜたり、味噌汁に落としたり、うどんのつゆに溶かしたりしているそうです。
また、自然薯農家さんの中には、ムカゴを塩茹でにしたり、かりんとうやクッキー、大福などの加工品にしたりしている人もいるようでした。ムカゴというのは、自然薯のツルにできる小さな球状の芽のこと。直径1cmくらいの小さな豆みたいな見た目で、熱を入れるとホクホクして美味しいらしい。
「とろろ一択」というわけでもなく、普通に色々な食べ方をしている。
毎日のように自然薯に触れている人たちは、「高級だから丁寧に」ではなく、「美味しいから普通に食べる」というスタンスなんだと思います。
「もったいない」って、消費者目線の感覚なのかもしれません。
仕事でも同じ
結局、自然薯は輪切りにして素揚げにしました。塩を振っただけ。
外はカリッと、中はホクホク。普通に美味しかったです。
思えば、仕事でも同じようなことがある気がします。
「一番良いやり方」を探して動けなくなる。正解を求めすぎて、目の前のことを楽しめなくなる。80点でも十分なのに、100点じゃないと価値がないような気がしてしまう。
「もったいない」という言葉に囚われすぎると、逆に何も楽しめなくなる。
美味しく食べ切ることが一番の正解——くらいの気持ちでいいのかもしれません。