まとまりのない文章になる可能性がありますが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。
ハンバーグ屋に行けなかった日
先日、あるハンバーグ屋さんに行こうと決めていた日がありました。
13時から14時までミーティングがあったので、終わってから車で向かいました。朝ごはんを食べたきり何も食べていなかったので、お腹はだいぶ空いていました。14時半にお店に到着すると、なんと定休日。
「まあ仕方ないか」と思いつつ、近くの回転寿司に向かいました。しかし、14時半から17時はアイドルタイムで営業していませんでした。
空腹がだいぶ限界に近づいてきたので、「もう近くのモスバーガーでいいかな」と思ったんです。でも妻が「近くに評判が良さそうな定食屋があるよ」と調べてくれました。せっかくなのでそこに行ってみたら、完全予約制で入れませんでした。
私はこの時点でかなりイライラしていました。結局、さっき見かけたモスバーガーに戻って食べることにしました。食べ終わったのは15時半でした。
モヤモヤの正体
食べ終わってからも、なんだかスッキリしなかったんです。
空腹は満たされたはずなのに、心の中に引っかかりが残っていました。「何が悪かったんだろう?」と考えました。事前に定休日を調べなかった自分が悪かったのか。14時台という微妙な時間に食べようとしたのが悪かったのか。
でも、どうもそれだけじゃない気がしました。
実は、モスバーガーに行こうと思ったときに、妻に「もう限界だからモスにしたい」と伝えていたんです。でも妻は「定食屋、良さそうだよ」と言って、どうしても行ってみたそうな感じでした。私はそこで譲ったんです。
そして結果は、完全予約制で入れず、結局モスバーガーに戻ることになりました。
定食屋が完全予約制だとわかったとき、正直に言うと心の中で「だから言ったじゃん」と思いました。
このモヤモヤの正体は何なのか。ただの空腹と疲労から来るイライラなのか。それとももっと別の何かがあるのか。私は自分でもよくわからなくなっていました。
ORIMDで振り返ってみる
こういうとき、私は自分が作ったフレームワーク「ORIMD」を使って内省します。
ORIMDというのは、**O(Objective: 事実)、R(Reflective: 感情)、I(Interpretive: 解釈)、M(Meaning: 意味)、D(Decisional: 決定)**の5つのステップで出来事を振り返るフレームワークです。もともと「ORID」という手法と、問いづくりの軸を組み合わせて作ったものです。
私はこのORIMDを、仕事やキャリアの大きな決断だけでなく、日常の小さなモヤモヤにもよく使います。むしろ日常のささいな出来事こそ、内省の練習台として最適なんです。
今回のハンバーグ屋の件も、ORIMDで振り返ってみました。
O(Objective: 事実)
まず、何が起きたのかを整理します。
- ハンバーグ屋が定休日だった
- 回転寿司がアイドルタイムで営業していなかった
- モスバーガーに行こうと思ったが、妻が定食屋を提案した
- 私は「限界だからモスにしたい」と伝えたが、譲った
- 定食屋は完全予約制で入れなかった
- 結局モスバーガーに戻った
- モスバーガーはとても美味しかった
- 食べ終わったのは15時半だった
事実だけを並べると、ただの「外食先を探して失敗した話」です。でも、ここに感情を乗せると様子が変わります。
R(Reflective: 感情)
次に、どんな感情があったのかを振り返ります。
- 1軒目がダメだったとき:「まあ仕方ないか」
- 2軒目がダメだったとき:「えっ、マジか」
- モスバーガーを見つけたとき:「もうここでいいや」
- 妻が定食屋を提案したとき:「(正直モスでいいんだけど...)」
- 限界だと伝えたのに妻が行きたそうだったとき:「まあ、いいか」
- 定食屋が完全予約制だったとき:「もう勘弁してくれ...だから言ったじゃん」
- モスバーガーに戻ったとき:「やっぱりこうなった」
- 食べているとき:「空腹の中でのモスバーガーは、やっぱり美味しい」
- 食べ終わったとき:「満たされたけど、なんかモヤモヤする」
感情を並べてみると、私の中に**「我慢」と「諦め」と「ちょっとした怒り」**が混ざっていたことがわかります。
そして、定食屋がダメだったときに強く感じたのは「だから言ったじゃん」という気持ちでした。
I(Interpretive: 解釈)
では、なぜそう感じたのか。
「だから言ったじゃん」と思ったのは、自分の判断が正しかったことを証明したかったからだと思います。
私は「もう限界だからモスにしたい」と伝えました。でもそれを妻に伝えても、妻の希望を優先して譲りました。そして結果的に、やっぱりモスに戻ることになりました。
つまり、最初から自分の判断に従っていれば、もっと早く食べられていたわけです。
でも、そこで「だから自分が言った通りだろ」と妻に言うわけにもいきません。言ったところで関係がギスギスするだけです。だからモヤモヤが行き場をなくして、心の中に残っていたんだと思います。
もう一つ気づいたのは、譲り方が中途半端だったということです。
私は「限界だからモスにしたい」と言いました。でも妻が「定食屋がいい」と言ったときに、腹をくくって譲ったわけではありませんでした。「まあ、いいか」と思いながらも、心の中では「やっぱりモスにしたいんだけどな」という気持ちが残っていました。
つまり、譲ったけど、本当には譲れていなかったんです。
M(Meaning: 意味)
この出来事から、何を学べるでしょうか。
一つ目は、日常の小さなモヤモヤこそ、内省の絶好の練習台だということです。
仕事やキャリアの大きな決断だけが内省の対象ではありません。「ハンバーグ屋に行けなかった」というささいな出来事でも、丁寧に振り返ってみると、自分の感情や思考のパターンが見えてきます。
二つ目は、「譲る」ことの解像度を上げる必要があるということです。
「譲る」というのは、ただ自分の意見を引っ込めることではありません。本当に譲るなら、腹をくくって相手の選択を尊重する。譲らないなら、自分の意見を貫く。このどちらかに振り切るべきでした。
でも私は、「まあ、いいか」と曖昧に譲ってしまいました。その結果、「やっぱりモスにしておけばよかった」という後悔と、「だから言ったじゃん」という怒りが残りました。
中途半端な譲り方が、一番しんどいんです。
D(Decisional: 決定)
では、次に同じような状況になったらどうするか。
一つ目は、自分が限界だと思ったら、もう一度ちゃんと伝えることです。
今回は「限界だからモスにしたい」と一度は伝えました。でも妻が「定食屋がいい」と言ったときに、もう一度「ごめん、本当にもう無理だからモスにさせて」と言えばよかったかもしれません。
二つ目は、譲るなら腹をくくることです。
もし相手の希望を優先するなら、「わかった、定食屋に行こう」と決めたら、その選択を全面的に受け入れる。「もしダメでもまあいいか」と思えるくらいの余裕を持つ。それができないなら、譲らない方がいい。
三つ目は、撤退ラインを決めておくことです。
今回は3軒連続でダメでした。でももし「2軒ダメだったら確実に入れる店にする」というルールを決めていれば、もう少し早く切り替えられたかもしれません。
特に空腹や疲労で判断力が落ちているときほど、こういうルールが必要なんだと思います。
「譲ること」の構造を深掘りする
ここからもう少し、「譲ること」について考えてみたいと思います。
今回の出来事を振り返って気づいたのは、「譲る」には少なくとも3つの段階があるということです。
1. 表面的な譲歩
「まあ、いいか」と思って相手の意見に従うけど、心の中では自分の意見が正しいと思っている状態。今回の私がまさにこれでした。
この状態で譲ると、結果がうまくいかなかったときに「だから言ったじゃん」と思ってしまいます。そしてそのモヤモヤは相手に言えないので、心の中に溜まっていきます。
2. 腹をくくった譲歩
自分の意見はあるけど、相手の選択を尊重すると決めて、その結果も含めて受け入れる状態。
「定食屋に行こう。もしダメでも、それはそれで仕方ない」と思えるなら、結果的にモスに戻ることになっても、「まあ、やってみたからわかったよね」と思えるはずです。
3. 納得した上での合意
相手の意見を聞いて、「確かにそっちの方がいいかも」と自分も納得した上で選択を変える状態。
これができれば一番いいんですが、空腹でイライラしているときにこの状態に持っていくのは難しいですよね。
今回の私は、「1. 表面的な譲歩」のまま進んでしまったんだと思います。
本当なら「2. 腹をくくった譲歩」をするか、「譲らない」という選択をすべきでした。でも夫婦関係において、相手の希望を完全に無視するのも難しい。だから「まあ、いいか」と曖昧に譲ってしまいました。
「では、どうすればよかったのか?」と問われると、明確な答えはありません。ただ、自分が今どの段階で譲っているのかを自覚するだけでも、だいぶ違うんじゃないかと思います。
「あ、今の自分、表面的にしか譲れてないな」と気づけたら、「じゃあもう一回ちゃんと伝えるか」「いや、腹をくくって譲るか」という選択ができるかもしれません。
限界の伝え方と撤退ライン
少しだけ、他にも気づいたことを書いておきます。
一つは、「限界だ」と伝えたつもりでも、相手には伝わっていないことがあるということです。
私は「もう限界だからモスにしたい」と言いました。でも妻からすれば、「まあ限界って言ってるけど、もうちょっと頑張れるでしょ」くらいに受け取られていたかもしれません。
「伝える」と「伝わる」は違います。特に夫婦のような近い関係だと、「これくらい言わなくてもわかってくれるだろう」と思いがちですが、意外と伝わっていないことが多いんですよね。
もう一つは、事前に撤退ラインを決めておくことの大切さです。
今回の場合、「2軒ダメだったら確実に入れる店にする」というルールがあれば、定食屋に行く前に引き返せたかもしれません。
こういうルールは、日常の小さな意思決定にも使えます。空腹や疲労で判断力が落ちているときほど、シンプルなルールが役に立つんだと思います。
日常のモヤモヤを内省する
ここまで書いてきて思うのは、日常の小さなモヤモヤって、本当に内省の宝庫だなということです。
「ハンバーグ屋に行けなかった」なんて、誰にでもあるささいな出来事です。でもそこに「なんでモヤモヤしているんだろう?」という問いを立てて、ORIMDで振り返ってみると、自分の感情や思考のパターンが見えてきます。
私の場合、今回気づいたのは:
- 「譲る」ときの自分の癖(中途半端に譲ってしまう)
- 「だから言ったじゃん」と思ってしまう自分の承認欲求
- 限界を伝えたつもりでも伝わっていないことがある
こういうことって、仕事やキャリアの大きな場面でも同じように出てくるんですよね。
例えば、会議で「この方向性は違うと思う」と言ったのに、結局多数決で押し切られて、後で「やっぱりうまくいかなかったじゃないか」とモヤモヤする。これも構造は同じです。
あるいは、上司に「この仕事はもう限界です」と伝えたつもりなのに、「まあもうちょっと頑張れるでしょ」と言われて、結局無理をして体調を崩す。これも「限界の伝え方」の問題です。
日常の小さなモヤモヤで気づいた自分の癖は、大きな場面でも同じように出てくるんだと思います。
だから、日常のささいな出来事こそ、丁寧に内省する価値があるんじゃないでしょうか。
終わりに
最後に、問いを残しておきます。
あなたには、「あのときああすればよかった」というモヤモヤが残っている出来事はありますか?
それは仕事の大きな決断かもしれないし、ハンバーグ屋に行けなかった日のようなささいな出来事かもしれません。
もしそういう出来事があるなら、一度ORIMDで振り返ってみてください。
- O(Objective): 何が起きたのか?
- R(Reflective): どんな感情があったのか?
- I(Interpretive): なぜそう感じたのか?
- M(Meaning): そこから何を学べるか?
- D(Decisional): 次にどうするか?
日常の小さなモヤモヤを丁寧に内省することが、自分の思考や感情のパターンを知る第一歩になるかもしれません。
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